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アストラニェーニ椅子ファハーンは世界の半分

異化のこととか考えてます。

身体(人体)の異化とか

 対象が鑑賞者にとって自動的であればあるほど異化したときの衝撃は大きいし面白いよね、などと思っている。僕の教授曰く「異化/自動化という構図で語るならば、言うまでもなく異化について語るよりも自動化について語る方が難しい」のだが、自分なりに考えてみて、人にとって最も自動的な事物は「世界」と「自己」ではないかと思った。というわけでどうにか「世界」と「自己」を異化してみたいのだが、これがどうにも難しい。なんだかんだ考えているうちに「身体(人体)」を異化することを思い付いたので、それをここに書き起こしておく。もちろんこれは「自己」の異化を考えていて思い付いたものなので、「自己」の異化についてのヒントになるかもしれない。

 

 私の心臓がどくんと高鳴った。私の肺は呼吸のペースを速めた。私の目が公園のベンチに佇む彼を捉えたからだ。私の脚は動き出した。私の腕は大きく前後に振れた。私の喉が震えた。私の口が彼の名を表す音を出すように動いた。しかし、彼は何も反応を見せなかった。公園にある私の目は瞼を閉じた。家にある私の口は真一文字に閉じた。市役所にある私の喉は震えを止めた。山にある私の腕は動きを落ち着けた。水族館にある私の脚はスピードを落とした。森にある私の肺は普段のペースを取り戻した。工場にある私の心臓はいつもの強さでいつものリズムを刻み始めた。どうして気付いてもらえなかったんだろうと、人工衛星にある私の脳は考えた。ところで、私は誰だったっけ。私は思った。

 

 軽い気持ちで私くんにバラバラになってもらおうと書いてみたら、意外と色々に面白い要素を持ってしまった。書き始めた当初は私くんにあっちこっちに器官単位で散らばっててもらおうと思い(書いてて気付いた、ゴーゴリの『鼻』みてーだ)、それで身体(人体)の異化だとしようと思っていた。しかし書いてて気付いたもう一つの解釈の可能性として、これを語っている「私」がある特定の一人の人間ではないということがあるなぁなどと思った。別に人体の器官がそこにベチャっと置かれて動いているのではなく、それらはきちんとした一般的な人体の一部として動いていて、あっちこっちにいる人間たちが「私」をリレーしているだけかもしれないじゃん。叙述トリックって感じだが、これも「自己」の異化の一つのヒントかもしれない(というより「自我」の異化かな?)。まぁそんなことを思ったので当初の予定にはなかった文句を最後にくっつけといた。

 

 余談。ゴーゴリの『鼻』いいよね。何がいいかって僕は「その表現方法でしかできないこと」って面白いと思うので(アヴァンギャルドが好きになった一因だ)、その点である。鼻が町を闊歩する。馬車に乗る。教会で祈る。これをテクスト以外でどう表現する?映像なら?人が鼻の着ぐるみを着て手足だけ出して動く?絵なら?教会の椅子に鼻をぽつんと置いておく?なんだか変だ。鼻が町を闊歩するというように、現実的には結び付かない言葉と言葉を無理矢理結び付けることは、テクストという表現方法に特有のもののひとつに思える。自家撞着というやつである(「漆黒の光」みたいなやつだ。自家撞着も異化の手法のひとつだって「異化」のウィキに書いてあったなぁ)。とまぁ『鼻』を読んだときにはそんなことを思っていたのだが、上に書いたテクストも若干そんなところあるなぁと思う次第である。あとついでに「叙述トリック」もテクスト固有だろうか。余談終わり。

 

 当初の話に戻って、次の主人公にはもうちょっとバラバラになってもらおう。

 

 空を飛べるようになった。羽が生えたわけではない。ただ風に身を任せればいいのだ。ちょうどいい。いい風が吹いてきた。風に背を押される。そしてあるとき、ふわっと体が浮く。あとは風の赴くままだ。このままどこまで行くのか、それは風のみぞ知る。お、高度が下がってきた。着地。ここはおそらくオーストラリアだろうか。日差しが強い。さて、この脳細胞を含む20兆の細胞はうまいこと陸地に着陸できたな。肝細胞は今アフリカか。神経細胞は今カナダだな。20兆は海に落ちて海流に流されてる。赤血球の大半は太平洋に浮かんでるなぁ。白血球はカリブ海に。20兆はまだ空を漂ってる。腸細胞は中国上空、筋肉細胞は北極の方へ。さて、これからどこへ行って何をしようかな。今日は天気が良くて気温もちょうどいい、素敵な休日になりそうだ。

 

 人体の細胞は60兆個くらいと高校の生物の授業で習ったが、これを書くに際してググったところ本当は37兆個くらいらしいよ。ということで今度の主人公くんには細胞レベルまでバラバラになっていただいた。そして主人公くんの身体(人体)には世界(この場合は「地球」のほうが当てはまるが)に溶け込んでいただいた。異化の手法として「衝突」があるけど、こうして溶け込ませるってのもアリだね。

 

 あんまりバラバラにする方向へ進むにも限度があるので、次で最後にしよう。出オチなので手短に。

 

 98649836989812498194個の陽子と24893537209570194個の中性子と32525294701972409個の電子の塊は632964346349168382個の陽子と34652388464928692423個の中性子と98643876875314594個の電子の塊から飛び起きると、6783983592個の陽子と52598623994個の中性子と99856328909個の電子の塊を2枚急いで食べ、907123357423439894610986401298365125423587038102468910426890個の陽子と359803265089613015205410249573051983642045102649083109836512個の中性子と536918658549274319782593817240816305970415029512875408240198個の電子の塊を飛び出た。「行ってきます!」

 

 言うまでもなく数字は適当である。さすがにこんなもん計算したくないし、しなくても言いたいことはわかるでしょ。おそらくちゃんと計算したらこんな桁数では済まないのではないだろうか。今度の主人公くんはバラバラになりはしなかったが、他の物体と同じように見られてしまった。ここで異化されているのは、身体(人体)だけではなく、身体(人体)を含んだあらゆる物体である。

 という感じで3つ身体(人体)の異化テクストを書いてみた。書く前はただのアイデアの書き起こしのつもりだったのだが、書いているうちに意外と思索が進んだ。はやく身体性から抜け出したい。